大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成2年(行ケ)282号 判決

アメリカ合衆国

マサチューセッツ州〇一七〇一、フラミンガム、ザ・マウンティン・ロード 一〇〇

原告

ボーズ・コーポレーション

右代表者

マーク・イー・サリバン

右訴訟代理人弁護士

大場正成

尾崎英男

同弁理士

大塚就彦

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官

麻生渡

右指定代理人

村上友幸

奥村寿一

細谷博

田辺秀三

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。

事実

第一  当事者が求めた裁判

一  原告

「特許庁が平成一年審判第八三二三号事件について平成二年七月二六日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文一、二項と同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「パワー増幅システム」とする発明につき、昭和五四年七月六日、特許出願をし、同六二年二月二三日、右出願の一部を特許法四四条一項に基づき分割出願したが、昭和六三年一二月一四日、拒絶査定を受けたので、平成元年五月一五日、審判を請求した。特許庁は右請求を同年審判第八三二三号事件として審理した結果、平成二年七月二六日、右請求は成り立たない、とする審決をした。

二  本願発明の要旨

「ラウドスピーカ装置を付勢するパワー増幅装置と、入力オーデイオ信号に応答してイコライズされたオーデイオ信号を前記パワー増幅装置に供給してパワー増幅システムの放射音パワー応答をより一様にするアクテイブ・イコライズ装置と、を有する前記パワー増幅システムにおいて、前記パワー増幅装置からのフイードバツク信号に応答して少なくとも一つの所定の周波数範囲における前記システムのゲインを他の周波数範囲のゲインに関係して変化させるゲイン可変装置と、前記パワー増幅装置が過負荷であるときにのみ前記フイードバック信号を供給するために、過負荷が始まる該パワー増幅装置に応答する装置と、そして前記パワー増幅装置からの前記フイードバツク信号を前記ゲイン可変装置に結合して相対ゲインを変化させ、前記所定の周波数範囲の前記入力オーデイオ信号のスペクトル成分に応答して前記増幅装置の可聴過負荷を防止する結合装置と、から構成されるパワー増幅システム。」(別紙図面(一)参照)

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨

前項記載のとおりである。

2  引用例

(一) 引用例一(実願昭五一-二六六四九号の願書添付の明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルムの写し、昭和五二年九月九日特許庁発行)には、ラジオ、テープレコーダ等において、入力信号のレベルが大きいときに音質を汚くする歪みは低域歪みであることに着目して、入力オーデイオ信号1に応答してスピーカ装置7を付勢するパワー増幅装置システムにおいて、パワー増幅装置5からのフイードバツク信号に応答して低域の周波数範囲における前記システムのレベルを他の周波数範囲のレベルに関係して変化させるレベル可変装置2と、前記パワー増幅装置が過大入力による低域歪みであるときにのみ前記フイードバツク信号を供給するために低域歪みが始まる該パワー増幅装置に応答する装置8と、前記パワー増幅装置5からの前記フイードバツク信号をレベル可変装置2に結合して相対レベルを変化させ、前記所定の周波数範囲の前記入力オーデイオ信号のスペクトル成分に応答して前記増幅装置の過大入力による低域歪みを防止する帰還回路とから成るパワー増幅システムが記載されている(別紙図面(二)参照)。

(二) 引用例二(実公昭四九-一七一七一号公報)には、オーデイオ信号に応答してスピーカ装置を付勢する増幅システムにおいて、帰還回路を備えた低周波増幅回路と、右増幅回路の出力のうち、中音域の周波数範囲の信号のみを直流電圧に変換し、該直流電圧を制御電圧として前記帰還回路のホトカプラーを介して中音域の帰還量を制御する利得制御回路とを具備していることが記載されている(別紙図面(三)参照)。

3  本願発明と引用発明一との対比

(一) 一致点

両者は、入力オーデイオ信号に応答してスピーカ装置を付勢するパワー増幅装置システムにおいて、右増幅装置からのフイードバツク信号に応答して低域の周波数範囲における前記システムの出力を他の周波数範囲の出力に関係して変化させる出力可変手段と、前記パワー増幅装置が過大入力であるときにのみ前記フイードバツク信号を供給するために過大入力が始まる該パワー増幅装置に応答する手段と、前記パワー増幅装置からの前記フイードバツク信号を前記出力可変手段に結合して相対出力を変化させ、前記所定の周波数範囲の前記入力オーデイオ信号のスペクトル成分に応答して前記増幅装置の可聴歪みを防止する帰還回路手段とを具備する点で一致する。

(二) 相違点

本願発明は、パワー増幅装置が過負荷であるときにフイードバツク信号を供給し、該増幅装置の可聴過負荷を防止するのに対し、引用発明一は、パワー増幅装置の過大入力による低域歪みのあるときにフイードバツク信号を供給し、該増幅装置の低域歪みを防止する点(相違点〈1〉)、本願発明は、パワー増幅システムの放射音パワー応答をより一様にするアクテイブ・イコライズ装置を有するのに対し、引用発明一がかかる装置を有するのか明らかではない点(相違点〈2〉)、及び本願発明の出力可変手段はパワー増幅システムのゲインを相対変化させるのに対し、引用発明一はそうではない点(相違点〈3〉)、においてそれぞれ相違する。

4  相違点についての判断

(一) 相違点〈1〉について

本願発明のパワー増幅装置の過負荷防止が過負荷による特に低域(あるいは高域)における可聴歪みを抑えることであることは、明細書の記載から明らかであるから、両者は、過大入力時の低域における可聴歪みを抑えるという点で格別の差異があるとはいえない。

(二) 相違点〈2〉について

入力信号に応答してスピーカ装置を付勢するパワー増幅装置システムとして、アクテイブ・イコライズ装置を具備するものは、レコード再生のオーデイオ・アンプにおいて本願出願前から周知の事実であるから、このような周知のオーデイオ・アンプ・システムにおける過負荷時の可聴歪みを抑えることについても当業者が容易に想到することができる。

(三) 引用例二にみられるように、増幅回路の出力を入力側に帰還して前記増幅回路のゲインを制御する手段は、本願出願前に増幅装置の出力可変技術として周知のことであるから、かかる出力可変手段を本願発明のパワー増幅システムのゲイン制御に採用した点は、当業者にとって格別の創意工夫を要することなく容易に実施できる。

5  したがって、本願発明は、引用発明一、二に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法二九条二項により特許を受けることができない。

四  審決の取消事由

審決の理由の要点1は認める。同2のうち、(一)の引用発明一の前記パワー増幅装置が過大入力による低域歪みであるときにのみ前記フイードバツク信号を供給するために低域歪みが始まる該パワー増幅装置に応答する装置8を有するとの点は争うが、その余は認める。同3のうち、(一)の本願発明と引用発明一とが、前記パワー増幅装置が過大入力であるときにのみ前記フイードバツク信号を供給するために過大入力が始まる該パワー増幅装置に応答する手段を具備する点で一致するとの点は争うが、その余は認める。同4は認める。同5は争う。審決は、引用発明一の技術内容を誤認した結果、本願発明と引用発明一の一致点を誤認して相違点を看過し、ひいては本願発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法であり、取消しを免れない。

すなわち、本願発明の特徴は、パワー増幅装置とアクテイブ・イコライズ装置を有する周知のパワー増幅システムに、〈1〉パワー増幅装置が過負荷であるときにのみパワー増幅装置からフイードバツク信号を供給するために、過負荷が始まる該パワー増幅装置に応答する装置と、〈2〉このフイードバツク信号によってシステムの相対ゲインを変化させるゲイン可変装置を加えた構成(実施例に関する第2図では、二二、二七、二六、二四、二三、二一からなる部分が周知のパワー増幅システムの構成に対応し、これに三四、三二、二五〔詳しくは、第4図のトランジスタQ二〇三を含む。〕を加えた構成が本願発明に相当する。)によって、パワー増幅装置の過負荷を防止しながら、同時に望ましいイコライザ特性をできるだけ維持することができるという新規かつ優れた作用効果を奏するものである。

本願発明において、「過負荷が始まる該パワー増幅装置に応答する装置」とは、パワー増幅装置の過負荷が始まるときにこれに応答する装置を意味する。パワー増幅装置にはそれぞれ固有の入力対出力特性があるところ、出力がクリッピング・レベルに達するまでは入力対出力が直線関係にあり、入力信号が比例関係を保って増幅出力されるが、クリッピング・レベルを越えると出力が入力に対して比例しないので歪むことになる。実質的に歪率ゼロを目指す本願発明においては、「過負荷が始まる」とは、パワー増幅装置の出力がクリッピング・レベルを越えようとするときである。このように、本願発明におけるフイードバツク信号が供給される時点、すなわち「過負荷が始まる」時点は、当業者にとって客観的かつ明確に規定されているものであり、被告の後記主張のように、設計者が「満足できない状態」と評価する主観的な基準とは異なるものである。この点について、乙第二号証には、パワー増幅装置が「非過負荷状態では入力レベルと出力レベルに直線性(比例関係)があるが、一定のレベル以上になると非線形領域に入るためその直線性がくずれる。この入出力間の直線性が失われる限界出力レベルを過負荷レベルという。」(一九四頁)とあるように、「過負荷が始まるとき」とは、出力がこのような過負荷レベルを超えようとする時点を意味するのである。本願発明の前記「過負荷が始まる該パワー増幅装置に応答する装置」とは、このように出力が過負荷レベルに達したときにこれに応答してフイードバツク信号を発生させる装置をいうのである。これを実施例でみると、トランジスタQ二〇三がパワー増幅トランジスタの過負荷の程度に比例した電流をLED三二に与える。すなわち、トランジスタQ二〇三は過負荷がゼロのときはフイードバック信号を生じないが、パワー増幅装置の過負荷が生じはじめると直ちにこれに応答し、過負荷の程度に比例したフイードバツク信号を与えるのである。このフイードバツク信号によって、LED三二がその大きさに比例して発光し、光電変換器二五のコンダクタンスは過負荷が解消するまで等化ゲインを低下させるに充分な程増加する。

このように、本願発明の「過負荷が始まる」とき、とは、パワー増幅装置の出力が回路設計上客観的に定まるクリッピング・レベルに達するときを意味するものであり、被告の後記主張のように、設計者が主観的に定めた任意の歪率に達するとき、を意味するものではない。

これに対し、引用例一には、レベル検出回路(8)に加えられた低域入力信号のレベルが「所定レベルを越える」場合の動作について、「これによってトランジスタQ4が動作する。この場合このトランジスタQ4は上記低域信号が上記所定レベルを越えた期間だけ導通するオン・オフ動作を行う。このオン・オフ動作に応じてトランジスタQ5がオン・オフ動作し、そのコレクタに脈流電圧が表れる。この脈流電圧はダイオードD2及びコンデンサC6で整流平滑され略一定の電圧となってトランジスタQ6のベースに加えられ、このトランジスタQ6を導通状態とする。この場合ダイオードD2は、オン・オフ動作するトランジスタQ5が導通して次に不導通となるまでの間に、コンデンサC5が放電してこの放電電流がこのトランジスタQ5に流れるのを阻止する機能を兼ねており、これによって常にトランジスタQ6のベース電位を保持するようにしている。」(甲第三号証七頁一行ないし一六行)と記載されている。右記載は、要するに、低域信号が前記の所定レベルを越えたり、越えなかったりという状態になったときに、トランジスタQ4、Q5は信号が所定レベルから上下するのに対応してオン・オフ動作を行い、トランジスタQ6にはその結果平均化されたベース電圧が加わる。トランジスタQ6は、平均化されたベース電圧がある一定のレベルを越えている期間、導通状態を保持する。そして、トランジスタQ6が導通状態になると、この出力によってトランジスタQ1が導通し、これによって、低域調整回路2bの中のコンデンサC4の両端が短絡されて入力信号の低域レベルが制限される。すなわち、トランジスタQ6が導通している間、低域調整回路2bから出力される低域信号のレベルは低下するのである。以上のように、引用発明一においては、電力増巾器(5)の出力が所定レベルに達したときに、トランジスタQ4が動作するが、その「所定レベル」が何であるかについては、明らかにされていない。また、前記のように、トランジスタQ1に対し、低域レベルを制限するための信号を送るトランジスタQ6が導通するのは、電力増巾器(5)の出力が前記の「所定レベル」に達したときではなく、トランジスタQ5の出力を平均化したトランジスタQ6のベース電圧が同トランジスタのスイツチ動作を行わせる電圧に達したときであり、この電圧レベルが電力増巾器(5)の過負荷の始まるときに対して如何なる関係にあるかも明らかにされていないのであり、引用例一には、「過負荷が始まる該パワー増幅装置に応答する装置」は記載されていないのである。

したがって、本願発明の「過負荷が始まる」ときは、客観的に確定した意味を持つのに対し、引用発明一では、「所定レベル」を設定することにより、同発明の設計者にとっては、「満足できない状態」を防止できるかも知れないが、本願発明のように、可聴歪みを完全に防止し得るものであるかは明らかではないのである。結局、引用発明一は、本願発明でいうところの「過負荷が始まるパワー増幅装置に応答する装置」に対応する構成を具備していないのであるから、本来、この点は、両発明の相違点として捉えられるべきものである。

しかるに、審決は、引用発明一に「パワー増幅装置が過大入力による低域歪みであるときにのみ上記フイードバツク信号を供給するために低域歪みが始まる該パワー増幅装置に応答する装置(8)」があると誤認し、本願発明と引用発明一が「パワー増幅装置が過大入力であるときにのみ前記フイードバツク信号を供給するために過大入力が始まる該パワー増幅装置に応答する手段」を具備する点において、一致するとした誤りを犯したものである。

なお、被告は「過負荷が始まるとき」とは、客観的に定まるものではなく、設計者が定めた歪率を超えるとき、すなわち「設計者が満足できない状態」と評価する主観的なものであると主張するが、このような解釈は、乙第一ないし第三号証の説明とも矛盾するものであって、誤りであり、被告は、この誤った解釈に基づいて、本願発明の前記の構成要件の存在を無視したものであるというべきである。

第三  請求の原因に対する認否及び反論

一  請求の原因に対する認否

請求の原因一ないし三は認めるが、同四は争う。審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。

二  反論

原告は、引用例一には、「パワー増幅装置が過大入力による低域歪みであるときにのみ上記フイードバツク信号を供給するために低域歪みが始まる該パワー増幅装置に応答する装置(8)」が記載されていないのに、これが記載されていると誤って審決は認定したと非難するが、以下に述べるとおり、審決のこの点に関する認定に誤りはない。

原告は、本願発明における「パワー増幅装置が過負荷であるときにのみフイードバツク信号を供給するために、過負荷が始まる該パワー増幅装置に応答する装置」とは、「パワー増幅装置の出力が、回路設計上客観的に定まるクリッピング・レベルに達する状態になり始めたときにこれに応答する装置」であるとし、過負荷を「設計者が満足できない状態」とする被告の主張を非難する。

しかしながら、本願発明の「過負荷が始まる」とは、本願発明の特許請求の範囲において「クリッピング・レベルが始まる」と記載されていないことからも明らかなように、原告主張の「クリッピング・レベルに達したとき」に限定されるものではなく、より広く「満足な動作をしなくなるようなレベル」を意味するものであることは、以下に述べるとおりである。

すなわち、一般に、「パワー増幅装置が過負荷になり始めると設計上評価される条件」についてみると、〈1〉乙第一号証の「過負荷レベル」の項には、「ある部品や装置の過負荷レベルとは、信号の歪や加熱その他によってそれらが満足な動作をしなくなるようなレベルをいう。」と記載されているように、「過負荷になり始めると設計上評価される条件」とは、装置が「満足な動作をしなくなる」と設計者が評価する条件を意味する場合、〈2〉乙第二号証に記載されているように、入力と出力間の直線性について満足できる動作を要求するならば、入出力間の直線性が維持できなくなるような条件を設計上評価される条件として意味する場合、オーデイオ・パワーアンプにおいては、この限界レベルのことを通常クリッピング・レベルと呼び、この限界レベルはアンプの事実上の最大無歪出力を意味する(乙第三号証)。そして、この入出力特性は、周波数によって異なるため、入力信号の周波数を変えてクリッピング・レベルを該周波数に対応して表したものを出力帯域幅特性といい、直線性を維持できる範囲は、出力帯域幅特性で示されることになる。さらに、〈3〉クリッピング・レベルが分かりにくいものもあるため、歪率が設計者が定めた一定値になるレベルを入力周波数を変えてプロットした出力帯域幅特性を用いる場合もある。乙第一号証に示されるように、多くの場合、出力帯域幅特性、最大無歪出力は、この〈3〉の意味を有するものとして使用される。そして、この場合には、「満足な動作をしなくなるようなレベル」とは、入出力間の直線性ではなく、「所定の歪率以下にすることができなくなったレベル」の意味であり、結局、過負荷が始まると設計上評価される条件とは、設計者が定めた歪率ということになる。この場合にも、周波数によって、所定の歪みになる信号レベルが異なるので、過負荷レベルは周波数に依存するものである。

ところで、本願発明においては、本願明細書の図面によれば、設計者が過負荷が始まると評価したレベルは、信号の周波数によらない一レベルであるので、前記〈2〉、〈3〉ではなく、同〈1〉の条件を満たすものと理解されるが、本願明細書をみても、「満足な動作をしなくなる」と設計者が評価する条件が何かを具体的に記載するものはない。

これに対し、引用発明一においては、検出回路(8)は、パワー増幅器(5)の出力がある所定のレベルに達したか否かを検出し、所定のレベルに達したときには過大入力であるとして検出回路(8)からフイードバツク信号を音質調整回路(2)のトランジスタQ1に供給して、音質調整回路(2)からパワー増幅器(5)に入力される信号の低周波成分のゲインをオンーオフ的に低下させるものであるが、前記の所定レベルをどのような値にするかについては明確な記載はない。

しかし、フイードバツク信号はパワー増幅装置への過大入力による歪みを防止するために供給されるものであり、フイードバツク信号を供給しないときには歪防止機能(音質調整回路(2)からパワー増幅器(5)に入力される信号の低周波成分のゲインを低下させる機能)を動作させないのであるから、このときは過大入力がない、すなわち低域歪みが始まっていない状態として扱い、フイードバツク信号が出始めるときは過大入力の始まり、すなわち、低域歪みの始まりであると扱うものである。

そうすると、検出回路(8)は「パワー増幅装置が過大入力による低域歪みであるときにのみ上記フイードバツク信号を供給するために低域歪みが始まる該パワー増幅装置に応答する装置(8)」であるといい得るから、審決の引用例一の認定に誤りはないのである。また、本願発明においては、後述するように、周波数に係わりなく、パワー増幅装置への入力信号が固定レベルを超えるとトランジスタQ二〇三がフイードバツク信号を供給し始めるものであるから、トランジスタQ二〇三の導通の始まりをパワー増幅装置における現実の過負荷の始まりに対応させることはできないのである。したがって、過負荷の始まるときであるとして扱うための「フイードバツク信号発生の条件」を具体的に規定しなければ、「フイードバツク信号発生の条件設定」を本願発明の特徴であるとすることはできない。

さらに原告は、「過負荷が始まるパワー増幅装置に応答する」とは、「パワー増幅装置に過負荷が始まるときにこれに応答する」ことであり、現実に過負荷が始まるときにパワー増幅装置が応答すると主張する。しかし、一般に、パワー増幅装置が過負荷になるレベルは、入力信号の周波数に依存するところ、低い周波数領域と高い周波数領域では中間の周波数領域に比べて低い入力レベルで過負荷が始まる。しかるに、本願明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載によると、パワー増幅装置への入力信号が固定レベルを越すときトランジスタQ二〇三がフイードバツク信号を供給し始めるものであり、過負荷検出レベルは周波数によって変わらない。このことは、例えば、高い周波数や低い周波数で過負荷が始まるときに、トランジスタQ二〇三がフイードバツク信号を供給し始める入力信号レベルと同じレベルの中間の周波数領域の信号が入力された場合、トランジスタQ二〇三がフイードバツク信号を供給し始める。しかし、このときには過負荷はまだ始まっていない。逆に、前記の低い周波数領域よりももっと低い周波数領域や前記高い周波数領域よりももっと高い周波数領域の信号が入力された場合では、トランジスタQ二〇三がフイードバツク信号を供給する時点よりも前に既に過負荷が始まっていることになる。したがって、本願発明においては、現実に過負荷が始まるときにパワー増幅装置が応答することにはならない。

第四  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである

理由

一  請求の原因一ないし三並びに審決の理由の要点のうち、引用発明一が「前記パワー増幅装置が過大入力による低域歪みであるときにのみ前記フイードバツク信号を供給するために低域歪みが始まる該パワー増幅装置に応答する装置8」を有し、両発明が「前記パワー増幅装置が過大入力であるときにのみ前記フイードバツク信号を供給するために過大入力が始まる該パワー増幅装置に応答する手段」を具備する点において一致するとした点以外においては当事者間に争いがない。

二  本願発明の概要

いずれも成立に争いのない甲第二号証の一(本願発明の出願公開公報)及び同号証の二(平成元年五月一五日付け手続補正書)によれば、本願発明の概要は以下のとおりと認められ、他にこれを左右する証拠はない。本願発明は、特に自動車に有用な高パワー・レベルのステレオ・パワー増幅に関する発明であり、信号スペクトル成分が過負荷を生じさせ得る周波数範囲における等化特性を、他の周波数範囲の等化特性を維持しながら、変化させる回路技術を、比較的低いコストで提供することに関するものである。従来技術においては、自動車のD・C電源がラウドスピーカ・ダイヤフラムを中心からずれてバイアスすることを防止するために、高価な大きなコンデンサを必要とすること、及び、等化回路が使用される場合、同回路によって上昇されるスペクトル成分を受信するときアンプは過負荷となる可能性があり、不所望な可聴歪みを発生させるため、装置のサウンド・パワー出力を制限するという問題点を有していた。そこで、本願発明においては、前記のような問題点の解決を課題として、前記本願発明の要旨記載の構成を採択したものであり、本願発明によれば、アクティブ・イコライゼーション装置において、パワー増幅装置により供給される出力信号を表示する信号に応答して周波数範囲の選択された部分でのアクティブ・イコライザーのゲインを変化させる装置により、前記の周波数範囲において、比較的低レベルを増幅するときゲインは最大となり、他の周波数範囲と実用上同一のイコライゼーションを提供するとともに、増幅して比較的高レベルを提供するときの増幅器のクリッピングによる可聴歪みを防止することが可能となるものである。

三  取消事由について

1  原告は、本願発明の「過負荷が始まる該パワー増幅装置に応答する装置」とは、パワー増幅装置の出力が、クリッピング・レベルに達したときにこれに応答する装置を意味するものであるとし、引用発明一はかかる構成を有しないのに、審決は引用発明一も右構成を具備しているとして、この点を両発明の一致点と認定した誤りを犯したものであると主張するので、まず、本願発明の前記構成要件の意義について検討することとする。

(一)  前掲甲第二号証の一によれば、原告主張に係る前記構成要件についての特許請求の範囲における記載は、「前記パワー増幅装置が過負荷であるときにのみ前記フイードバツク信号を供給するために、過負荷が始まる該パワー増幅装置に応答する装置」であると認められるところ、前掲甲第二号証の一、二によれば、本願発明の課題の提示に関し「・・・スペクトル成分を受信するときアンプは過負荷となる可能性があり、従って不所望な可聴歪みを発生させ(る)」との記載(三二頁左下欄二行ないし四行)が、また、本願発明の他の目的に関し「本発明の目的は、・・・可聴歪みのないパワー出力の比を増加させながら、前記目的を達成することである。」、「本発明の更に他の目的は、スペクトル成分が増幅され可聴過負荷を生じさせる周波数範囲の部分を除き、所望の・・・達成することである。」(同欄九行ないし一八行)との記載がそれぞれ認められるところ、これらの記載によれば、前記構成要件における「過負荷」は、「可聴歪み」の発生原因として捉えられており、また、「可聴過負荷」と同義に用いられていることが認められるが、前掲各甲号証を精査しても、特に「過負荷」ないし「過負荷の始まり」の意義を定義した記載を見いだすことができない。そうすると、特許請求の範囲における前記の「過負荷」ないし「過負荷の始まり」の意義は、当業者において、これらの用語を通常理解するところにしたがって解釈するのが相当であるというべきであるから、以下、この観点から検討することとする。

(二)  まず、「過負荷」及びこれに関連した「過負荷レベル」の意義について、以下、検討する。

〈1〉成立に争いのない乙第一号証(昭和五二年九月三〇日株式会社オーム社発行、西巻正郎他三名編著「オーディオ用語事典」)には、「過負荷レベル」について、「ある部品や装置の過負荷レベルとは、信号のひずみや過熱その他によってそれらが満足な動作をしなくなるようなレベルをいう。音響系では、一般に過負荷レベルは信号のひずみで定まり、また特にことわらない限り音圧レベルが用いられる。」(五七頁)との記載が認められる。この記載によれば、「過負荷」とは、「信号のひずみ」や「過熱」等の当該装置が満足な動作をしなくなる原因を意味するものであり、「過負荷レベル」とは、設計者が当該機器に要求する満足のレベルを基準とする意味において相対的な概念を意味するものと解することができる。これに対し、〈2〉同乙第二号証(昭和四九年一〇月三〇日株式会社オーム社発行、小口文一他編集「電気通信技術標準用語事典」(第三版)」には、「過負荷レベル」について、「通常の線形回路では、入力レベルと出力レベルとの間には直線性があるが、一定のレベル以上になると非線形領域に入るためその直線性がくずれ、ついには入力レベルの増加に対して出力レベルの変化が鈍化する状態となる。この入出力間の直線性が失われる限界の出力レベルを過負荷レベルという。過負荷レベルを越えると非直線ひずみが急激に増大するので、増幅器、変復調器等の伝送機器では、過負荷レベル以下で動作させるのがふつうである。」(一九四頁)との記載が認められる。この記載によれば、「過負荷レベル」を入力レベルと出力レベルの関係として捉え、音響系における「過負荷レベル」を、「入出力間の直線性が失われる限界」と定義付けていることからすると、前記〈1〉の相対的な基準と異なり、入出力間の直線性の有無という客観的基準で捉えているものということができる。また、〈3〉成立に争いのない乙第三号証(昭和五一年三月二五日株式会社ラジオ技術社発行、武末数馬著「パワーアンプの設計と製作(上)」第七版、四〇頁)には、「入力対出力特性」について、「図でCLと記されている出力は、クリッピング・レベル(Clipping Level)で、パワー・アンプとしての正常な動作の限界を示すもので、この出力が事実上のアンプの最大無ひずみ出力で、設計上のアンプの定格最大出力(Rated Maximum Power Output)は、必ずこれ以下に定められます。入力対出力特性は、一般にこの付近から直線性を失い、図に示すような飽和曲線をえがくのが普通です。」との記載が認められるところ、この記載に前記〈2〉に説示したところを勘案すると、クリッピング・レベルは、前記〈2〉の「過負荷レベル」、すなわち、「入出力間の直線性が失われる限界」を意味するものであることが明らかである。さらに、〈4〉成立に争いのない乙第四号証(昭和五一年七月二五日株式会社ラジオ技術社発行、木塚茂著「トランジスタ・アンプの設計と製作」第六版、四八〇、四八一頁)には、「出力帯域幅特性」について、「入・出力特性からクリッピング・レベルがわかりますが、あくまでも特定の周波数についてのみです。そこで、入力の周波数を変えてクリッピング・レベルを測定したのが出力帯域幅特性であり、いわば最大出力の周波数特性ともいうべきものです。直角形の雑音ひずみ率特性を持っているアンプについては、クリッピング・レベルが容易にわかりますが、だらだらと増加するような雑音ひずみ率特性を持つアンプに対しては、第一三・六図のように、〇・五%というような雑音ひずみ率に達したときの出力を採用します。」との記載が認められるところ、右記載のうちの第一、第二段の記載部分が前記〈2〉、〈3〉の入出力直線の比較による「過負荷レベル」、すなわちクリッピング・レベルを意味するものであることは、その記載内容に照らして明らかであり、第三段の記載部分は、クリッピング・レベルを考慮しながら、設計者において選択決定した歪率をもって、「出力帯域幅特性」とする点において、前記〈1〉の考え方に共通するものということができる。また、前掲乙第一号証には、「最大無ひずみ出力」について、「増幅器の出力を大きくしたとき、出力の高調波ひずみ率がある値(通常〇・一~五%に選ぶことが多い)に達する増幅器の出力である。定格出力と同じ意味で用いられる。」(九四頁)との記載が認められるところ、この記載にいう「最大無ひずみ出力」も設計者において歪率を選択決定する点において、前記〈1〉及び同〈4〉の第三段の記載部分と同様の考え方を採用しているものということができる。

ところで、前掲乙第三号証の前記「入力対出力特性は、一般にこの付近から直線性を失い」との記載部分を総合勘案すると、クリッピング・レベルの発生態様は、その発生点を明確に捉えることが可能な「直角形」のものから、「だらだらと増加する」ためこれを明確に捉えることのできないものまで、個々のアンプの特性に応じてさまざまな態様があるものと認められ、この後者の場合には、設計者において、クリッピング・レベルとして明確に捉えられる値以下の範囲内の中で、特定のレベルを選択して、当該機器の定格出力、すなわち過負荷レベルとするものであることは、既に説示したところから明らかである。

そこで、以上述べたところからすると、「過負荷」とは、音響系においては、歪みを生ぜしめる原因を意味し、また、「過負荷レベル」の捉え方には、入力と出力間の直線性が失われる限界、すなわち、クリッピング・レベルを意味する場合と、より広く、設計者が当該機器に要求する歪みの程度を基準とする場合とがあるが、後者においても、クリッピング・レベルの発生態様を考慮しながらも、入出力間の直線性が失われる限界が必ずしも明確に捉え難い場合があること等を踏まえ、設計者において当該機器に要求する「過負荷レベル」を選択決定するものということができ、「過負荷レベル」の用語は、前者のクリッピング・レベルのみならず後者の場合をも含むものとして使用されているものということができる。

(三)  そこで、以上の理解を前提として、本願発明における「過負荷」ないし「過負荷が始まる」の意義について検討する。

「過負荷が始まる」とは、特段の事情がない限り、その通常の用法に従い「過負荷レベルに達する」ことを意味するものと解するのが相当というべきであるところ、本願明細書をみても、「過負荷が始まる」の意義を格別に定義した記載を認めることができない。そして、本願明細書の特許請求の範囲の記載においては、前記のとおり「過負荷」との表現が採られ、「クリッピング・レベル」との表現が用いられていないこと、また、「クリッピング・レベル」が周波数によって異なることは前項〈4〉に認定した記載から明らかなところであるが、本願発明においては、後記のとおり、周波数に係わりなく一定レベルに達すれば、フイードバツク信号を発生するようにした実施例が示されていることなどからすると、格別の限定のない本願発明において、「過負荷レベル」がクリッピング・レベルに限定されるものとまで解することはできず、本願明細書を精査しても、かかる意義に限定して解釈しなければならないことを裏付けるに足りる記載を見出すことはできない。したがって、本願発明の「過負荷が始まる」とは、「クリッピング・レベルに達したとき」のみならず、より広く「設計者において選択決定した過負荷レベルに達したとき」の意味をも包含するものとして解釈するのが相当というべきである。

原告はこの点について、「過負荷レベル」とは、それぞれのパワー増幅装置について客観的に定まっているものであり、具体的な設計によって過負荷レベルが異なるものではない、と主張するが、前述したところから明らかなように、個々の増幅装置がそれぞれ固有のクリッピング・レベルを有するものであることは原告主張のとおりであるとしても、かかるクリッピング・レベルを常に明確に把握することはできず、前記のように設計者において望ましいと考える歪率を過負荷レベルとして選択せざるを得ない場合があるのであるから、かかる場合には具体的な設計により過負荷レベルは定まるものであり、個々の増幅器が客観的なクリッピング・レベルを有するということから、直ちに、原告主張のように、設計者の選択と関わりなしに過負荷レベルを捉えるべきであるということにはならず、したがって、原告のこの点に関する主張は採用できない。

なお、本願明細書記載の実施例における過負荷の検出についてみると、前掲甲第二号証の一によれば、第2図に関し、「パワー増幅器二三の過負荷に応答してLED三二が付勢されると、光電変換器二五のコンダクタンスは過負荷が解消するまで等化ゲインを低下させるに充分な程増加する。」との記載(四頁右上欄二行ないし五行)が、また、第4図に関し、「トランジスタQ二〇三は、パワー増幅器が過負荷の場合を除いて不導通である。これが導通すると、LED三二を介して電流を流し、過負荷の程度に比例して光電変換器二五を照明する。」との記載(同頁右上欄一六行ないし一九行)がそれぞれ認められ、これらの各記載からすると、本願発明の実施例における過負荷の検出は、周波数に係わりなく、トランジスタQ二〇三の電流検出によって行われているところであるから、当然、右トランジスタが検出すべき電流値が設定されているはずである。しかし、本願明細書を精査しても、右検出電流値がクリッピング・レベルに設定されていることを裏付ける記載はもとより、右設定をどのように行っているかについての記載がないため、その詳細は明らかではないが、本願発明においても、過負荷レベルを検出する手段であるトランジスタQ二〇三が検出する電流値の設定を通じて過負荷レベルを選択しているものということができるから、本願発明が、設計者において望ましいと考える過負荷レベルを選択する場合を排除しているものとすることはできないものといわざるを得ない。

2  進んで、引用発明一が「前記パワー増幅装置が過大入力による低域歪みであるときにのみ前記フイードバツク信号を供給するために低域歪みが始まる該パワー増幅装置に応答する装置8」を有するとの審決の認定の当否について検討するに、成立に争いのない甲第三号証(引用例一の実願昭五一-二六六四九号の願書添付の明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルムの写し)によれば、引用発明一は、入力信号の所定レベルに対して出力レベルを制限するようにした信号増幅器に関する考案であり、同考案においては、入力信号の低域レベルを検出するか、又は入力信号のレベル検出出力に基づいて入力信号の低域を制限することにより、歪みを有効に除去するようにしたものであり、これを具体的にみると、同考案においては、入力信号レベルの大きいときに音質を汚くする歪みの殆どは、低域歪みから生ずるとの認識に立ち、入力信号の低域レベルを検出し、この検出出力に基づいて入力信号の通路に設けられた低域調整回路を制御して入力信号の低域レベルを制限するようにしたものである。

ところで、原告は、引用発明一の回路にはコンデンサC6、ダイオードD2があり、そのためトランジスタQ4の検出結果は直ちにトランジスタQ6には伝わらない仕組みとなっているため、パワー増幅装置の出力が前記「検出レベル」以上になってもコンデンサC6が充電されるまでトランジスタQ6はオンにならないことを意味するとし、このことからすると、引用発明一では、パワー増幅装置のある一定のレベルに直接応答して制御信号が発生しているのではないことを意味するから、引用発明一は、本願発明の「過負荷が始まる該パワー増幅装置に応答する装置」の構成を具備していないと主張するが、前項に説示したように、本願発明にいうところの「過負荷が始まる」とは、設計者が選択した一定レベルに達した場合を過負荷レベルとすることをも包含しているものであるから、引用発明一が原告主張のとおりであるとしても、かかる場合に含まれることは疑問の余地がないのであり、そうすると、審決の認定判断に誤りがあるとすることはできない。

3  以上の説示に従えば、審決が本願発明と引用発明が共に、「過負荷が始まる該パワー増幅装置に応答する装置」の構成を具備しているとして、この点を両発明の一致点としたことに誤りがあるとすることはできない。

したがって、審決に原告主張の違法はないというべきである。

四  よって、本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担及び附加期間の定めについて行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、一五八条二項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 田中信義)

別紙図面(一)

〈省略〉

別紙図面(二)

〈省略〉

別紙図面(三)

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例